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バゴンギ シンデレラのバッグ

ロベルタ ディ カメリーノの創設者であるジュリアーナ・カメリーノは、第二次世界大戦中の1943年-当時自分の望むデザインのバッグが見つからなかったため、手芸の好きな彼女は自らバッグを作り上げました。

そのうち口コミで評判は広がり、ジュリアーナはバッグを作ることからデザイナーとしての一歩を踏み出したのです。 その後、1948年にデザインされた「バゴンギ」(BAGONGHI:有名な道化師の名前)は、19世紀の医者が使っていた鞄にヒントを得て、バランスを変え、作り上げられました。

ベルトをまねた帯を縦にいれ、素材は当時バチカンの御用達でもあった織元が丹念に手刺しで織ったシルクベルベットを使用しました。一枚づつ手刺しで織り上げ、蒸気で起毛し丹念に刈り揃える贅沢なベルベットは、特有の深みある発色と手触りで、他に類を見ない優雅で高級感溢れるバッグを誕生させました。

まだ、ファッション全体に保守的な傾向が色濃く残り、実用一点張りのバッグしかない時代に、ファッションの一部として独立し、アクセサリーとしても遜色のない美しさに溢れたバッグが欲しいというジュリアーナの考えで作られたバゴンギは、瞬く間に一大センセーショナルを巻き起こしました。

モナコ王妃のグレース・ケリーは、このバゴンギに恋をした初めてのVIPでした。

1956年にジュリアーナが、そのデザイナーとしての成功を認められファッション界のオスカーといわれるニーマン・マーカス賞を受賞した時、賞のプレゼンターとしてバゴンギを手にダラスにかけつけました。 その後、1959年にグレース王妃が公式訪問でローマに到着した時も、その手にはバゴンギがありました。その写真は『 L'Europeo 』を始めとする多くの雑誌の表紙を飾りました。これにより、このバッグの人気は決定的なものとなり、誰もがこの「プリンセスのバッグ」を欲しがってやみませんでした。

バゴンギ シンデレラのバッグ

ロベルタ ディ カメリーノの創設者であるジュリアーナ・カメリーノは、第二次世界大戦中の1943年-当時自分の望むデザインのバッグが見つからなかったため、手芸の好きな彼女は自らバッグを作り上げました。

そのうち口コミで評判は広がり、ジュリアーナはバッグを作ることからデザイナーとしての一歩を踏み出したのです。 その後、1948年にデザインされた「バゴンギ」(BAGONGHI:有名な道化師の名前)は、19世紀の医者が使っていた鞄にヒントを得て、バランスを変え、作り上げられました。

ベルトをまねた帯を縦にいれ、素材は当時バチカンの御用達でもあった織元が丹念に手刺しで織ったシルクベルベットを使用しました。一枚づつ手刺しで織り上げ、蒸気で起毛し丹念に刈り揃える贅沢なベルベットは、特有の深みある発色と手触りで、他に類を見ない優雅で高級感溢れるバッグを誕生させました。

まだ、ファッション全体に保守的な傾向が色濃く残り、実用一点張りのバッグしかない時代に、ファッションの一部として独立し、アクセサリーとしても遜色のない美しさに溢れたバッグが欲しいというジュリアーナの考えで作られたバゴンギは、瞬く間に一大センセーショナルを巻き起こしました。

モナコ王妃のグレース・ケリーは、このバゴンギに恋をした初めてのVIPでした。

1956年にジュリアーナが、そのデザイナーとしての成功を認められファッション界のオスカーといわれるニーマン・マーカス賞を受賞した時、賞のプレゼンターとしてバゴンギを手にダラスにかけつけました。 その後、1959年にグレース王妃が公式訪問でローマに到着した時も、その手にはバゴンギがありました。その写真は『 L'Europeo 』を始めとする多くの雑誌の表紙を飾りました。これにより、このバッグの人気は決定的なものとなり、誰もがこの「プリンセスのバッグ」を欲しがってやみませんでした。